牧師からのごあいさつ
『神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。』ヨハネによる福音書3章16節
この世のすべての人は、幸せを求めて生きていると言っても過言ではないでしょう。真の幸せを求めて、ある人は名誉を、ある人は権力を、ある人は財産を、またある人は道徳的な行いを追い求めるなど、さまざまな形で幸福を求めながら生きています。
しかし聖書は、真の幸せはイエス・キリストのうちにあると宣言しています。イエス・キリストは生ける神であり、この地のすべての人を愛してくださり、彼らの罪を赦すために、十字架の上でご自身の命を身代わりとして献げられたお方です。そして主は三日目に復活されました。 この愛によって、イエス・キリストにある者は、すべての罪を赦され、永遠のいのちを受けることができます。
ぜひ、苫小牧小羊教会を通してイエス・キリストに出会い、最も幸いな人生を歩むことができますように。

【 自己紹介 】
私は1975年に韓国で生まれ、大邱(テグ)市で成長しました。2001年2月に韓国の大学校(建築工学科)を卒業し、2006年2月に総神大学校神学大学院にて牧会学の修士課程(M.Div)を卒業し、2007年9月に牧師按手を受けました。2016年2月には総神大学校牧会神学専門大学院(ソウル)にて講解説教学の修士課程(Th.M)を卒業しました。
韓国で17年間、教会(大韓イエス教長老会、合同)の教職者として奉仕してまいりました。2016年と2018年の二度にわたる日本短期宣教を通して、日本宣教への召しを受け、2019年12月に家族と共に日本宣教のために来日いたしました。日本イエス・キリスト教団札幌羊ケ丘教会において、4年5ヶ月間妻と共に協力宣教師として奉仕し、2025年4月から8か月間、関西聖書神学校にて研修を修了し、日本イエス・キリスト教団の教師となりました。
2026年3月22日、札幌羊ケ丘教会に赴任し、同時に同教会伝道所である苫小牧小羊教会の担当牧師として着任いたしました。
私が教会に行くようになったキッカケ

Uさん(女性)
『信仰の体験談』
私は今この小羊教会の礼拝でピアノを弾いています。それは小さい時に教会に行っていた事から始まりました。そこで音楽に接してピアノが好きになったからです。教会付属の幼稚園に通い、10歳まで教会学校に行ってました。その後20歳過ぎに近くの小さな教会に行くようになり、ピアノを頼まれたのがきっかけで毎週礼拝に出席しイエス様に出会いました。
音は目には見えませんが確かに存在し、深い音楽性のある音は心に響き感動を与えます。神様も目には見えませんが確かに存在し、その真理と愛が心をふるわせ、満たされます。音楽は神様からの贈り物です。神様と音楽と一緒の毎日は豊かで楽しいです。
Yさん(女性)
『神様との出会い』
最初、聖書との出会いは高校入学の時に、頂いた手のひらにのるほどの小さな新約聖書でした。高校では週に2回、体育館に集まり、礼拝がありましたが、まじめに聞いた記憶はありませんが、いつかこの記憶、みたいなものは心の中に残っていたのかもしれません。卒業後は聖書からすっかり遠ざかっていました。
わたしは札幌の病院へ通院しています。ある日、札幌に向かうバスの車窓から、沼ノ端住宅街の屋根の上に乗っかってる十字架が、目に飛び込んできました。こんな場所に教会があると。感動したことを思い出します。そんなある日のこと、教会に誘われて行った教会が、偶然にもあの日バスの車窓から見た十字架の教会だったのです。
こんな私を神様がこの教会に私を導いてくださったと神様の働きと業だと思わざるをえません。本当にびっくりと感動でした。それから導かれるように、この教会、苫小牧小羊教会の礼拝に出席するようになりました。教会に行く前は、いろいろ恐れがあり、他の方と話をしたり、周囲に気をつかう中、心が疲れ回復するまで時間を要しました。
聖書を読むようになってから心が平静に保てるようになったことに対して、主に感謝しています。今、聖書は人生の上でどうしても欠かすことができない本となりました。 聖書を読み、聖書勉強会を通して、その時わからないことがあっても、たくさん受けるものがあると感じるようになりました。